喧嘩を、した。


悪いのは私のほうだった。



私がつくったのは、罪。

彼が与えたのは、罰。


























痛っ






…ドン、と。
背中に衝撃を受けて、ゼシカは思わず眉を寄せた。
堅く冷たいそれが壁だと云う事は安易に解った。
解ったところで、それは今のこの状況を何ら救ってくれる訳ではないけれど。


「逃げんなよ」


頭上から降ってきたのは、聞き馴れている筈の澄んだ声。
普段は心地良いテノールに、今は些か恐怖すら覚えた。


「逃げんな」


再度降り注ぐ。
見上げると、彼の蒼い瞳とぶつかる。
綺麗なそれは、それだけで迫力がある。
その視線に負けてしまいそうになるのを堪えて、ゼシカは キッと相手を睨み返した。


「放してよ」


発した声が震えていなかった事に安堵する。
出来るだけ平生を装い、動じてはいない様に見せたかった。


「いい加減にしてよククール。これ以上変な事したら、本気で怒るわよ」


睨みつける目に力を籠める。
これがゼシカが出来る精一杯の強がり。
こうやって虚勢を張る事で、ゼシカは体制を立て直そうとしていた。
しかしそれすらも目の前の男には効いていないようで、
彼女の挑発的な視線を寧ろ楽しんでいるようにも見えた。


「この状態で何が出来んだよ。本当に解ってないな、ゼシカちゃんは。
 そんな強がり、俺には通用しないって事、まだ解んない?」


一緒に旅して随分になるのに。


わざとらしく溜息をつく彼からは、余裕を持て余しているのがありありと見受けられる。
それが余計にゼシカの不安に拍車をかける。


「つ、強がってなんか‥」
「俺が怖い?」


言葉を遮り、ククールは顔を近づける。
唇が触れるか触れないかの寸前ところで止まり、ゼシカの瞳を正面から見据える。


「今の俺が怖いか?ゼシカ」


捉らえて、放さない。
話す度に唇に掛かる吐息は、触れている訳ではないのに、
まるで唇の感触を直に感じているようで、ゼシカの顔は熱を帯びてゆく。


「怖くなんかないわ。このくらいで何よ。馬鹿にしないで」


それでもゼシカは怯まない。ここで退いては負けてしまうと、そんな気がした。



「大した物言いだな。流石はマイハニーってとこか」


ククールは柔らかく目を細める。
笑っているのだ。


何がおかしいのよ、と聞き返そうとしたとき、ゼシカの唇の上を湿った何かがなぞった。



「っ?!」


思わず硬直する。


「これが、ゼシカの味」


すかした顔でそんなことを言うククールからは
あまりにもいつもの優しさが感じられなくて、ゼシカは泣きたくなった。
溢れそうになるのを堪え、それでも尚抵抗する。


「何言ってんのよ変態!そんな気持ち悪いこと、言わないで!‥」
「少し黙って」


ゼシカの唇にククールのそれが重なる。


「んっ…!」


こんな状況であるから、少なからず予想はしていた。
覚悟も出来てるつもりだった。
だが実際に受けたキスは、想像よりも強く、苦しかった。逃げられない。

キスは徐々に深みを増してゆく。
息が苦しい。 押さえつけられた腕は、最早感覚を失っていた。
徐々に揺らいでゆく意識の中、腰の辺りに開放感を覚える。
それがベルトを外されたのだと気付くまで、随分時間が掛かったように思える。
焦りはしなかった。仕方のない事のように感じた。
この状況で、そうならない事の方が稀だと、経験は無くとも本能で解る。


「ふ、ぁ‥」


だが、熱を帯びてゆく体とは対称に、頭は不思議なほど冴えていった。
自分の置かれている立場を確認する。
これから何が起こるのかも、難なく予想できる。
それなのに、どうして今自分はこんなにも冷静でいられるのだろう。
只事じゃないのに。
この状況を放置したら、取り返しのつかない事になるかもしれないのに。




「もっと嫌がれよ」


突然発せられた声に、冷水を浴びせられた気分になった。
私が、嫌がっていないと言うの?
‥‥私が。
‥‥私は。




「それとも何。期待しちゃってもいいわけ?俺」




細められた目。少し上がった口角。
そんな挑発的なククールの態度すら冷静に受け取れたのは、
先の言葉で出口が見えたからかもしれない。

私は‥‥





「いいよ。しても」



それは流石というべきなのか。
予想もしていなかった筈の私の台詞にも、
ククールは眉ひとつ動かすことなく、どこまでも落ち着いていた。


「‥意図だけお聞かせ願おうか、ゼシカちゃん?」


ククールを喜びに突き上げるか、悲しみに突き落とすか
全ては私が握っている。
返事は決まってる。悩んだりなんかしない。
私は目の前の蒼い目に、はっきりとした口調で言ってやった。




「これは私への、罰だから」




そう。罰。
しかし同時に、そこには微かな願望が懸かってる。
そのことは、ククールには告げない。

また一つ、罪をつくる。
きっと、再び罰を受けるのだろう。
その時私は、更に罪を重ねる。
そしていつまでも続いていくのだ。
それはそれで面白いじゃない、と私は思う。






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解りにくいお話になっちゃいました。完全に自分だけの価値観で書いてしまったので;
伝わるかなぁ‥?恐らくマゾっ気のある方は伝わると思います。伝〜〜〜わ〜れぇえええぇ(呪)

「ケンカしちゃった」なんて可愛いレベルじゃないですね。
最近、他サイト様でちょこちょこダークなククゼシを見かけるので私も便乗。
しかし乗りきれず、見事にはみ出しました。ダークすぎて萌え所が解らないのが痛。(失敗)
前半クク>ゼシ でしたけど、後半不等号が逆転。そんなつもりなかったけど逆転。
どうやら私の中では4人のうち、ゼシカが一番闇の心持ってるようです。
悪女!悪女なゼシカ!いいな!(個人的に絶賛)


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