「今日のエイトったらねぇよなぁ。アイツ最近、錬金釜にハマりすぎだろ」


そう言って、彼は持っていたグラスを置いた。































此処はベルガラックの酒場。
背後で行われているバニーショーの賑やかな空気を感じながら、
私とククールは杯を交わしていた。




「装備中の武器まで釜に放り込みやがって…お陰で素手で戦う羽目になっちまったし。
 今日なんて、あいつメタル狩り〜とか言ってメタル系ばっか戦ってたろ。
 硬えんだよ奴ら。足痛ぇ」




少々不機嫌なククールは溜息をつきながら、くるりとバニーショーの方に振り返った。
つられて後ろを振り返ってみると、ククールの視線に気付いたバニーが嬉しそうにこちらにウインクしていた。
されたククールも、笑顔で投げキッスを返してるし。


溜息をつきたいのはこっちよ…と心中で呟いて、私は再び体を翻す。
隣の男はさっきまでの不機嫌さは何処へいったのか、
バニーショーを眺めながら「もうちょっと足を高く…」等とほざいている。
その姿にますます私は落胆し、溜息が漏れそうになる。
そしてその理由が以前とは違うから、私は余計に堪えるのだ。


下らなくて付き合ってられない、軽薄男は嫌、女たらしも嫌


そう思ってた、以前とは。









ククールが軽薄だなんて、昔程は思ってはいない。
女たらしなのも、あいつの過去を知る事で大分納得がいくようになった。
要するに愛されたいんだ、彼は。
一時でも本気で愛された経験のあるククールは、それがどんなに幸せな事だか知ってる。
その彼が修道院で蔑まれ傷付き、実の兄からも拒絶され、それでも愛を感じたくて
新たに得た方法が、世間一般に『たらし』と呼ばれるカタチだったんだと思う。
上辺だけでもいいから、自分に愛情を示してほしいと‥
臆病になりすぎた彼は、愛を見える形でしか受け入れられなくなったのだろうか。















「しかし珍しいよな。ゼシカが俺に付き合ってくれるなんて」




頭上からのククールの声に、私は我に返った。




「別に深い意味はないわよ。調度私も飲みたかっただけ。
 皆がカジノに行く中、私だけ宿で待ってるのはつまらないんだもの」




そう、ここに居る二人以外のメンバーは、カジノで遊んでいる。
どうやらそこにある賞品が目的らしい。
そういえば以前、エイトが「はやぶさの剣がないとほしふるうでわの意味が無い〜」とか言ってた気がする。
恐らく今頃は闘魂燃やしてスロットと戦ってるに違いない。




「それが珍しいんだよ。お前が酒飲むなんて滅多にないのに」


「寧ろ、私はカジノがあるのにそっちへ行かないククールが珍しいわ」


「俺が行ったら勝ちすぎてつまんねぇだろ。カジノ側も困るし。
 それに俺はどっちかというと、バニーちゃんを見てる方が楽し‥
 ‥ハイハイ解った。解ったからそんな目でみるなって」




私の呆れたような視線に、ククールは苦笑して、グラスを傾けて中身を喉に流し込む。
私が両手で持つグラスを、片手で覆いこむ大きな手。
飲む時に少し伏せ目になる、その癖。
その一挙一動を、気付けば視線が追ってる。














私があいつを意識し始めたのは…
自分の気持ちに気付いたのは、多分、杖に解放された時から。
暗闇を彷徨い、やっとの思いで出口を見つけ、
光の向こうに見たものは、近くにいたエイトではなく、
少し離れた所にいたククールの、射抜くような真っ直ぐな瞳。


そう、それはまるで刷り込みのようで。
ああ、あいつってこんなに綺麗な目をしていたのねって思った。


それ以来ククールが気になるようになって、いつのまにか高鳴ってて。
自覚して、驚愕した。
私がククールを好きになるなんて、そんな筈無いって、そう思って…
だってあいつの第一印象は最悪で、
それでなくとも私って元々ああいう男が大嫌いだから、余計に信じられなくて。
何処をどう進めばそういう感情が芽生えるのか、自分でも不思議だった。
そしてその感情が、とても重かった。




ククールはいつも私を口説くけど、
じゃあ私がその誘いに乗ったら、彼は困るんじゃないかって思う。
それで私が「私だけを見て」なんて言った日には、きっと逃げていくんじゃないかと思うわ。
仮に、あいつの私に対する想いが本気だったとしても、
ひとつの愛を信じぬく勇気が、果たして彼に備わっているのか。
自分を孤独だと蔑んだ、暗闇に覆われた場所で、彼は生きてきたんだもの。
おまけに、私は自分でも嫌になるくらい不器用だから、
愛を囁いて彼を安心させてあげる事なんて、出来っこない。
そんな女のもとに、彼が落ちつくとは思えないし。





それに‥それにね、これは完全に私の我侭だけれど
ククールに私だけを見て欲しいと思う一方で
このままの位置関係でいたい、とも思う。


気付いて欲しい。ちゃんと見て欲しい。
でも変わりたくはない。ずっとずっと、このままで‥





二つの矛盾する感情が複雑に絡み合った先にあるものは
何も変わっていない、自分自身。
だからもし、ククールが私に振り向いてくれたら
きっと私は困るんだ。





あんたが近づけば私が離れて、私が近づけばあんたが離れる。
あんたも私も臆病。どちらかが全力で身をぶつけにくるまで、きっと距離は縮まらない。














「どうした、ゼシカ?」




ずっと黙っていた私を不審に思ったのか、ククールが顔を覗き込んできた。
例の真っ直ぐな瞳が向けられる。




「…っ!」




心の中が見透かされるような気がして、私は咄嗟に顔を伏せた。
その行動に、しまったと思ったけど、もう遅くて。




「ちょ…おい、ゼシカちゃ〜ん?」




余計に不審がられたけど、もうどうする事も出来なかった。
どうした と声をかけてくれる、ククールが痛い。
こんな時に限って狙ったように誠実な声で言う、ククールが痛いよ。














「…あんた、ズルイわよ」







搾り出した声は震えていて、
発したと同時に、それは自分に向けられた言葉なのだと気付いた。










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リーザス村で「本当は臆病なんですよ、ゼシカお嬢様は」って言われて、
そーかそーかと思って臆病なゼシカを書いてみた。ゼシカか?これ(あちゃー)
始まり方と終わり方のギャップがイヤンですね。



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