悔しいけど、あいつが庇ってくれた時

            胸が少し高鳴ったのは、嘘じゃない。






レティスの卵を救いに行った時だった。
妖魔------------ ゲモンが、悪あがきをして自爆したの。
奴は自分諸共、卵や私達まで消し去ろうとしたのよ。とんでもない発想よね。

その時の爆風が結構凄くて‥‥みんな吹き飛ばされない様に、必死に堪えてた。
他人の事なんか気にしてる余裕なんてなかった筈なのよ。
なのに
なのに、アイツは‥‥‥
ククールは、自分を楯にするようにして私を庇った。



「‥え‥?」



覚悟していた爆風が、思っていたより強くなかった事に違和感を感じて
目を開けた私の前には、腕を広げて庇ってくれているククールがいた。

‥‥その時のアイツ、今まで見せたこともないような表情してた。
アイツにしては珍しく、 余裕を感じさせなくて‥‥
何ていうか、いつもなら一挙一動 計算高さが滲み出てるのに
あの時は、そういうのが全く無かった。
寧ろ、咄嗟に動いた‥っていう風に見えたの。


そんな必死に守ってくれてる姿を見たら、思わずドキっとしちゃっても仕方ないでしょ?
サーベルト兄さん以外の男の人に守って貰った事なんて1度だって無かったし、それに‥‥
悔しいけど‥‥‥カッコ良かったんだもん。
それに、前言ってたあの言葉。
『君だけの騎士になる』
あれは、あながち嘘じゃなかったんだって思った。








「今日はもう遅いから、ここ泊まっていこう」

エイトの判断で、私達は闇のレティシアに泊まる事になった。
とはいっても此処には宿がないから、住民の方のお部屋を少し借りて。
当然よね。此処に来られる人なんて、そうそういないんだもの。


皆が寝静まった丑三つ時。
中々寝付けなかった私は、段々横になっているのが落ち着かなくなって
皆が起きないよう、そっと外へ出た。

外の風景は相変わらず色がなくって、昼も夜も正直同じに見えた。
ただ、夜は人がいないから、昼夜の区別が付くのだけれど。
私は一人で村の外れまで歩いて、灰色の木の幹に額を預ける。
なんとなくそのままぼーっとしてたら、ふと昼間の事を思い出したの。
‥ククールの事を。

私は初め、アイツを軽薄な最低男としか見ていなかった。
その気が無いのに女の子を口説いて、甘い言葉で誘って
アイツにとって恋愛なんてゲームで、本心からの言葉なんて一つも無いんだって。
だから苦手だった。関りたくなかった。

でも、一緒に旅をしてるうちにそうじゃないって解った。
相変わらず女の子は口説くけど、結構仲間の事考えてくれていたりして‥
アイツの優しさには、エイトもヤンガスも‥私も、救われた事、何度かあったわ。
けどね、それもやっぱり、どこか計算済みな所があったの。


-------------- それがさっきはどうよ。

私を庇ったアイツ。
咄嗟に差し出した腕は、計算なんてこれっぽっちも感じさせなかった。







「やっぱ色があるってのは此処では目立つんだな」

タイミング良く掛けられた声に驚いたけど、不思議と取り乱す事無く返事が出来た。
「‥ククール」
振り返って、それまで額を預けていた木に寄りかかる。
ククールはいつもの微笑を浮かべると、ゼシカの前まで歩み寄った。

「こんな時間にこんな場所で何してんだ?女一人じゃ危険なんだけどな」
「貴方こそ何してるのよ。この村には酒場なんてないわよ」
それに此処の女の子は色がないから色気が無いって言ってたじゃない。
私がそう言うと、ククールは苦笑して言葉を紡いだ。

「オレはゼシカが出て行く気配がしたから、心配して付いてきたんだよ。
 また杖にでも操られていなくなられたんじゃ、オレが寂しくて死んじまうからな」
「ああそう、心配してくれて有難う。でも私は大丈夫よ、放っておいて」
「何考えてたんだ?」

棒読みの私の返事などサラリと流し、ククールの蒼い瞳が私を追及する。
貴方の事よ、なんて言えるわけ無いじゃない。
私は別に、と返事を濁すしか出来なかった。
でも私の身体は正直で、段々顔が熱くなってきて‥‥
彼は鋭いから、きっとこの意味に気づいてしまう。

「‥オレの事?」
ほら、気づかれた。
私が返事をせずにいると、ククールが先に口を開いた。
「ゼシカもやっとオレの愛に応えてくれる気になったんだな」
「ち‥違うわよ!そんなわけないじゃない!!」
そういう私の顔は、これ以上ないくらい真っ赤だったと思う。
もう‥違うって言っても、説得力なんて全然なかった。
彼を見ていると更にボロが出そうで、私はククールから目を逸らした。

きっと、その時に隙が出来たんだわ。
ククールの腕が伸びてきて、私を包み込んだ。
一瞬、昼間の光景が思い出されて、私は何も反応出来なかった。
突き飛ばすでもなく抗議の声を上げるでもなく、素直にククールに抱きしめられた。
あ。
そういえば、あの時のお礼をまだ言ってない。

「‥‥抵抗しないの?」
耳元で、ククールの不思議そうな声が聞こえた。
私は最早突き飛ばすタイミングを失ってしまっていたから、今更抵抗なんて出来なかったの。
寧ろククールの体温に包まれて、正直、何だか安心していた。
そのまま目を瞑って眠ってしまいたかった。

「ゼシカ‥?」
「昼間‥‥」
「え?」
「昼間は、庇ってくれて有難う」

ククールはすぐに思い出せなかったみたいで、暫くしてから ああ、と返事があった。
「当然だろ。君を守るのはオレの使命だ。お礼なんていらないさ」
「でも、あの爆風は結構強かったわ。平気?痛くなかった?怪我は?どこもない?」
「大丈夫だけど‥‥どうしたんだ?何かあったのか?」

らしくない、と言いたかったんだと思う。私自身、そう思ったわ。
あんなに苦手だった男の事を、何故こんなにも心配してるのかしら。
ううん、ただ単にククールが軽薄なだけなら、私だって心配なんてしなかった。
それだけの男だったら、こんな気持ちになんてならなかったのに‥。
あの時の一瞬の胸の高鳴りを、私は確かに引き摺っている。

「何もないわよ‥‥」
吐き捨てるように言って、私はそのまま目を瞑った。






これは恋なんかじゃない。

見たことも無いアイツを見ちゃったから、少し戸惑ってるだけよ。


だから早く治まって、私の鼓動。

このままだときっと

彼に聞こえてしまうから。








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不器用な恋の始まり。


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